「国鉄」の思い出

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「国鉄」の終焉まで
あと1週間の日、
485系のボディで輝く
JNRマーク。



1987/3/25
博多駅にて

「日本国有鉄道=JNR」が分割民営化されてから、もうずいぶん経ってしまいました。 あの頃の思い出の写真や資料を見直そうと実家の押入れをあさったのですが、ほとんど出てきませんでした。 阪神大震災後の後片付けや家の修理の際に、当時の本などと一緒に処分されてしまったようです。 残っていたのは旅行の際に買った入場券や切符類と、偶然別に保管されていた末期の写真数十枚だけでした。

その数少ない私の国鉄時代の思い出の品を、紹介させていただきます。 汽車旅で乗り歩いたルートや写真の撮影データ等を記入したノートが残っていないので、記憶だけが頼りなのですが。


国鉄ローカル線 乗り歩きの日々 〈1983〜1986頃〉

思い出がたくさん押された
「北海道ワイド」と「九州ワイド」

私の「ただ汽車に乗る為だけの」一人旅デビューは小5から小6に上がる春休み、小児半額の「山陰ワイド周遊券」を持って乗った20系客車の大阪発夜行急行だいせん5号大社行き(出雲市-大社間は普通)でした。 約1週間の日程を夜は駅寝(待合室のベンチで仮眠)でこなし、周遊区間内の殆どの路線を乗り歩きました。

その後は北海道から九州まで、お約束の途中下車印と硬券入場券を集めながらの汽車旅に出かけました。 観光地には興味が無いどころか、夜は夜行列車の座席か駅待合室のベンチなので、2週間程度の行程中は風呂屋を探す時くらいしか鉄道の敷地から出ないという、フツーの人には理解し難い旅です。(笑)

周遊券の下車印や入場券を見ていくと、既に廃線や第3セクター化されてしまった路線の駅名も見え、とても感慨深いです。 そもそも「ワイド周遊券」自体が懐かしいものになってしまいました。


国鉄福知山線 生瀬-道場間 旧線最後の日 〈1986/7/31〉

実家のある兵庫県宝塚市から始まるこの旧線区間は、大阪から30分程度の場所とは思えないほどの美しい渓谷沿いを走る名所でした。 1986年7月31日、宝塚以北の複線電化に向け建設されたトンネルで一直線に進む新線が完成し、この急カーブの続く渓谷沿いの旧線は最後の日を迎えました。 その最後の時を見送ってやろうと鉄友達と2人、ちょうどその渓谷のなかにある武田尾駅へ。

キハ181 特急 まつかぜ

私の世代では、特急型DCと言えば80系よりコレ。 私のDC特急好きの原点です。 このキハ181も、がんばっていましたが、既に過去帳入りしてしまいました。

DD51+12系客車 普通列車

直前まで旧客天国だった福知山線ですが、この頃は12系に。 それでも、赤い機関車とブルーの客車は本当にカッコ良かったです。

キハ58 急行 だいせん

あの頃は幹線からローカル線までどこにでもいたんですがね、国鉄色のキハ58。 こいつはキロを含む、急行列車の風格を持った編成です。


キハ47 普通列車

確か大阪-篠山口間の区間列車にはキハ40系が使用されていました。 当日は沿線の撮影ポイントはどこもカメラだらけ。

キハ181 特急 まつかぜ

この風景の中を行くキハ181も今日で見納め。 旧型客車が最後の活躍をしているうちに、足を運んでおくんでした。


 

DD51+旧型客車
旧線さよなら列車

最終日には、ヘッドマーク付きのDD51+旧客4両のさよなら列車が。

目障りな架線柱もなく腕木式信号機も残る、真夏の渓谷の風景の中を行く旧客編成は美しいものでした。


最後の夜

特別なセレモニーがあるわけでもなく、ただ静かにその時を迎えようとしていました。

ついに最終列車

いよいよ最後の下り列車を迎える時が近づきました。 上りの始発大阪行きの列車は、もうこの駅にはやってきません。


下り最終列車 到着

遠くカーブの先から2本のレールが輝き、エンジン音を響かせてキハ47が進入してきました。

そして出発

あまりにもあっけない最後でした。 駅員さんと我々数人のファンに見送られ、キハ47は通いなれた道を去っていきました。


夜中の引越し

現場の皆さんは、我々のように感傷にひたってる暇はありません。 台車に備品を載せて、少し離れた新駅に引越し。

新駅の一番列車

旧線とは高架で直角に交差する新駅。 一番列車だけあって、ホームにも列車の運転席にも保線の人らしき姿が。


新線経由最初の夜行だいせん

当時、夜行のだいせん5・6号は20系客車の編成でした。 A寝台車から改造した座席車ナハ21を連結しており、小5のとき山陰への初の一人旅で乗った思い出深い列車でもあります。

時にはDD51重連も

おそらく次位は無動力回送だと思いますが、こんな列車も見かけました。 12系の白線なし車は、アコモ改造車でしたっけ? 直後の11/1のダイヤ改正時に開業した、西宮名塩駅にて。

この区間は、私も楽しんでいる最近流行の鉄道廃線跡めぐり関係の本でも取り上げられており、上の写真のあたりは遊歩道になっています。
実家に帰った際にあの頃の写真を持って遊びに行きました。 >>> 「廃線跡めぐり」のページ


国鉄吹田機関区 撮影会 〈1986/8/24〉

正確には「栄光のつばめ号 展示撮影会」というタイトルでした。 手元の入場記念券にはFE58-61の写真が印刷されていますが、当日ロイヤルエンジンの姿はありませんでした。 それでも「機関区に入れる」というだけで喜んで出かけたものです。 他に宮原区のイベントなどにも出かけた記憶がありますが、何せ写真が残っていないもので・・・。(TT)

展示されていたのは、写真左からC62-2・EF58-66・EF58-150と、EF65-1000・EF65一般型・EF66の各トップナンバーでした。 「栄光のつばめ号」というラインナップではないのですが。 それでも当時ゴハチブームの中にあって、近畿地区では東のロイヤルエンジン61号機並みのアイドルだった大窓ヒサシ付の竜華区の66号機と、スワローエンゼルC62-2を間近に見られたのは感激でした。

今思えば関係の無いヘッドマークなんか付けて並べるより、各機の全身を撮影させてほしかったものです。 この後EF58-150にお召し用の国旗を取り付けたり、ヘッドマークを何度も交換したり、機関区の方々のサービス精神はよく伝わってきたのですが・・・。



国鉄最後の日(九州・中国方面 撮影旅行) 〈1987/3/24〜4/1〉

そうです。 日程を見て分かるとおり国鉄最後の数日間を撮影したくて、熊本にある父の実家と山口の親戚の家をベースにして出掛けた撮影旅行でした。 私がフツーに新幹線などで行く訳はなく、寝台特急「あかつき」に1両だけ追加されていた座席車(この頃はごく普通の14系)で出発しています。 やはり写真はプリントもネガもなかったのですが、なぜかリバーサルで撮った1本分が机の引き出しから出てきました。 旅行ではすべてカラーネガを使っていたので、なぜこれだけがリバーサルなのかは不明ですが、そのおかげで別の場所にあった為に手元に残りました。
この写真は、内容から出発日〜翌日というのは分かるのですが、撮影場所は正確に思い出せません。 車窓からロケハンをしながら鹿児島本線の筑前新宮と原田で途中下車した記憶があります。 「あさかぜ」や「にちりん」が写っている事から畑の脇からのものが筑前新宮付近で、疎開中の旧型客車が原田駅かなと思うのですが。 でもなぜ逆光になる側から狙ってたんだろ・・・? 謎です。

20系寝台車   1987/3/24 大阪駅

到着番線と時刻を考えると新大阪始発で九州方面行きの臨時寝台特急なのでしょうが、ホームの出発案内表示がないので団臨とか回送かもしれません・・・。

485系 特急 「にちりん」

美しき国鉄特急色のボンネット車。 しかもこの最後尾のクハはクハ181から改造された変り種ですね。 屋根上のヘッドライトが無く、車高も全く違います。


ED76/24系25形 寝台特急 「あさかぜ 1号」

赤い電機もゴールドラインの「あさかぜ」専用車も、関西人には普段馴染みのない車両なので結構感動した記憶があります。 ブルトレ自体、すべて過去帳入りしてしまいました。

415系   1987/3/25 筑前新宮駅付近?

この頃にはいわゆる「九州色」に塗り替えが始まっていましたが、まだオリジナルの国鉄色も多くラッシュ時には併結列車も。 「マイタウン電車」のヘッドマークも懐かしいです。


旧型客車各種   1987/3/25 原田駅構内?

10系は旧客とは言わないんでしたっけ? おそらく解体待ちで疎開中だったと思われる客車たち。 10系寝台車には一度乗ってみたかったな。 座席車ならあるんだけど・・・。

100系 新幹線   1987/3/25? 博多駅?

おそらく、フィルムの残りで何となく撮った100系。 このオリジナル塗装の16両フル編成が懐かしいです。 歴代新幹線の中で、ベストデザインだと思っています。



子供の頃の宝物と、生まれ月の時刻表 〈2006/4〉

たまたまオークションで見かけた子供向けの本。 それは私が小学校低学年の頃、枕元に置いて寝るほどお気に入りだった鉄道の本でした。

落札して手元に届きページをめくってみると、写真もイラストも全て記憶に残っていました。
未来の鉄道に関するページでは、大阪から淡路島・四国を経由して九州に至る新幹線や、「近い将来、リニアモーターカーが東京−大阪間を結ぶ」という記述もあり、21世紀が夢のような未来に思えた子供の頃を思い出してしまいました。
そして6年生の時、お年玉で初めて一眼レフカメラを手に入れた頃に参考書にしていた、鉄道写真の本。 カメラの紹介はもちろん全てMF機で、作例の写真も今は無き車両や列車ばかり。 思わず、鉄道写真を撮る人のお約束の台詞が出てしまいます。 「あと10年、いや5年早く生まれていれば…。」(笑)

もちろん読んだ訳ではありませんが、自分の生まれた月の時刻表も落札してしまいました。 時は新幹線岡山開業前夜、初乗りは30円の時代。 覚えてはいませんが、姉に手を引かれて電車を見に行った神戸の東海道線では、一時間に10本近くの岡山・広島・九州方面への特急・急行が行き来する、夢のようなダイヤです。 きっと、目を輝かせながら181系特急「しおじ」に手を振っていたのでしょう。

索引地図では、その後学生時代に乗り歩くローカル線もみんな健在で、北海道のページでは、蒸機牽引であろう客車列車もたくさん掲載されています。 すっかり黄ばんでカビの匂いのするページの中には、日本の鉄道のイキの良かった時代が詰まっているようです。


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