廃線跡めぐり

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Vol.10 奥羽本線   板谷峠のスイッチバック跡 〈2010/10〉

2010年の秋旅の途中、歴女のnyamoが山形 米沢の上杉神社にも足を伸ばしたいと。 それならばと、道路の歴史好きには有名な国道13号「万世大路」を通って、これまた鉄道の歴史好きなら外せない、奥羽本線 板谷峠のスイッチバック跡を見物していくことに。 nyamoには、「美味しいお餅が食べられる」と説明して。(笑)

奥羽本線の福島と米沢の間にあり、33パーミルの急勾配と急曲線の続く、板谷峠区間。 以前は、4連続でスイッチバック構造の駅が続く難所として、鉄道ファンには知られていました。 現在は山形新幹線のルートとなり、普通列車も客車から電車化され、スイッチバックは廃止されました。 しかし、その遺構は残り、山形側3駅では経産省の近代化産業遺産にも認定されています。

峠駅

福島側から赤岩、板谷、峠、大沢とスイッチバック駅の続いたこの区間。 峠を越えて最初の駅が、そのままの名前「峠駅」。 何と言っても、「峠の力餅」の駅売りで有名です。 その記号的な駅名からも、元々大きな集落などなく、本来は信号所的な性格だったことが容易に想像できます。
現在、旧駅の駅舎やホームは残っていませんが、引き込み側のスノーシェルターも現駅へのアプローチとして活用されており、往時を偲ぶことは充分可能です。

板谷駅付近と峠駅の間は、1〜1.5車線で、待避所とカーブミラーが頼りの「険道」が続きます。(左)
初めて食べた名物力餅は美味!(右) 今回は、遺構見物より、こちらがメインの目的かな?(苦笑)


旧駅のプラットホーム跡あたりから、本線(現駅)方向を望む。(左) スノーシェルターの前には信号機も残っており、EF71に牽引された客車鈍行がゆっくりと進入してくる姿を想像してみます。
この豪雪地帯で駅と列車の安全を守り続けてきたスノーシェルターには、独特の迫力があります。(右)


スノーシェルターの中には、狭軌の線路が一部そのまま残されています。(左)
少し歩くと、本線上に新設された現駅。 左側に見える明かりが、旧駅方向。(右) 普通列車は1日6往復しかありませんが、山形新幹線「つばさ」が1時間に上下2本ずつ程度の頻度で行き交います。 標準軌の線路、構内踏切のある島式ホームをゆっくりと通過する「新幹線列車」には、ちょっと違和感・・・。(苦笑)


旧駅の位置に峠の茶屋さんが作った築山庭園から、突込み線先端のスノーシェルターを望む。(左) 築山のおかげで、目の高さはちょうど架線のあたり。
旧駅舎のあたりから、本線を米沢に向けて駆け降りていく「つばさ」を見下ろす。(右) この距離でこの高低差が付くのですから、ここがいかに急勾配の途中にあるかが分かります。



板谷駅

峠越えを前にして福島側最後の駅となる、板谷。 こちらは峠駅と違い、駅付近には相応の集落があり、国道からも苦労なくアプローチできます。(笑) しかし、力餅のような名物があるわけでなく、峠駅へ向かう観光客は素通り。 訪問時も、時折、鉄っぽい人が立ち寄る程度でした。
旧駅構内には標準軌の線路が引き込まれ、保線車両の基地として活用されているようです。

旧駅のホーム上から、引き込み先端方向を望む。(左) ここは、架線柱などの他に駅舎も残っていますが、プレハブの建屋で、風情のあるものではありません。
ホームには、石積みの小屋も。(右) 古い駅でよく見られる、油脂庫、危険物庫、ランプ小屋の類だと思われます。


本線との合流方向を望む。(左) 保線車両用の標準軌の線路がここまで。 右手には、新しい車庫も。
ホームから線路際を歩いていくと(正式な現駅へのアプローチです・笑)、信号柱とスノーシェルター。(右) この信号が青に変わると、いよいよ峠のピークに向けて発車です。


スノーシェルター内から、本線上の現駅を望む。(左) 峠駅と違い、2面2線の相対式ホームです。
旧駅方向を振り返る。(右) 保線車両車庫へ向かう標準軌の線路と、旧駅付近から現駅へのアプローチ通路。



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